健康情報の「証拠」に潜む罠:論理的な飛躍を見抜くチェックポイント
インターネット上には日々様々な健康情報が流れています。その中には、一見すると説得力があるように見えても、実は論理的な飛躍があったり、提示されている「証拠」が不適切であったりするものが少なくありません。特に、健康や医療に関わる情報は、私たちの健康に直接影響を及ぼす可能性があるため、その真偽を慎重に見極めることが極めて重要です。
この情報はなぜ信頼できないのか、どのように説明すれば相手に伝わるのか。こうした疑問に答えるためには、情報の内容だけでなく、その提示方法や論理構造そのものに注目する必要があります。
健康情報に潜む典型的な論理の落とし穴
誤った、あるいは根拠の薄い健康情報は、しばしば巧妙な論理の組み立て方や、証拠の提示方法によってもっともらしく見せかけます。いくつか典型的なパターンを知っておくことで、情報の信頼性を判断する一助となります。
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「〇〇がないから安全・正しい」という主張: 特定の成分や方法について、「有害な証拠がない」ことをもって「安全である」「効果がある」と主張するケースが見られます。しかし、証拠がないこと(Evidence of absence)は、存在しないこと(Absence of evidence)を意味しないという原則を理解することが重要です。単にまだ研究されていない、あるいは研究予算がついていないだけで、将来的に有害性が判明する可能性は十分にあります。特に、十分な研究が行われていない新しい健康法やサプリメントの情報では注意が必要です。
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権威や有名人の発言に過度に依存する: 「〇〇博士も推奨している」「有名な芸能人が効果を実感したと言っている」といった情報は、一見信頼できるように思えます。しかし、その「権威」が本当にその分野の専門家であるか、その発言が科学的根拠に基づいているかを確認する必要があります。個人の感想や体験談は、あくまでその人個人のものであり、万人に当てはまる普遍的な効果を示す「証拠」とはなり得ません。
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一部の事例を全体に当てはめる過度な一般化: 「私の知り合いがこの方法で病気が治った」「たった一人の患者に効果があった」といった個別の体験談や症例報告をあたかも一般的な効果であるかのように提示する場合があります。個別の症例は、新しい発見のきっかけとなることはありますが、それだけでその治療法や健康法が広く有効である、あるいは安全であるという結論を導くことはできません。効果や安全性を評価するためには、より多くの人を対象とした、適切な研究デザインに基づく検証が必要です。
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感情に訴えかける表現や恐怖を煽る情報: 「このままでは大変なことになる」「唯一の希望はこれだけ」といった強い言葉で不安を煽り、特定の情報や製品に誘導しようとする場合があります。健康に関する不安は多くの人が抱きやすい感情であり、そこに付け込む手法です。論理や科学的根拠よりも感情に訴えかける情報には、特に注意が必要です。
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比較対象が不明確、または不適切な比較: 「〇〇を飲んだら調子が良くなった」という主張だけでは、それが本当に〇〇による効果なのか判断できません。自然に回復した可能性、他の要因が影響した可能性など、様々な可能性が考えられます。効果を客観的に評価するためには、その方法を行わなかった場合(プラセボを含む)と比較する研究デザインが必要です。不適切な比較対象を用いることで、あたかも大きな効果があるかのように見せかける手法にも注意しましょう。
情報の真偽を見抜くための具体的なチェックポイント
提示されている健康情報が信頼できるかどうかを判断するために、以下のチェックポイントを意識することが役立ちます。
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主張の「根拠」は何か?: その情報が「なぜ正しい」としているのか、具体的な根拠が示されているかを確認してください。
- 「研究で明らかになった」とあれば、具体的にどのような研究か(誰が、いつ、どこで、どのような方法で行った研究か)が示されているか? 動物実験かヒトでの研究か? 参加者数は十分か?
- 信頼できる専門機関(大学、公的研究機関、世界保健機関 WHO など)の発表に基づいているか?
- 出典が明確で、一次情報源(オリジナルの研究論文など)にアクセスできるか?
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論理的な飛躍がないか?: 提示されている情報や証拠から、主張されている結論が論理的に導かれているかを慎重に検討してください。
- 前提(示された情報や証拠)と結論(主張されている効果や安全性)の間に、納得のいく繋がりがあるか?
- 隠された前提や、都合の良い解釈がないか?
- 「〇〇だから××だ」という時に、その「だから」の部分に無理がないか?
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都合の悪い情報が隠蔽されていないか?: リスク、副作用、限界、あるいは反論となりうる別の研究結果など、その主張にとって都合の悪い情報も公平に示されているかを確認してください。良い面だけを強調し、悪い面を一切伝えない情報は信頼性が低い可能性があります。
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誰が、どのような目的でその情報を発信しているか?: 情報発信者の背景や、その情報がどのような目的(製品販売、特定の主義主張の展開など)で発信されているかを考慮することも重要です。営利目的や特定の立場からの情報は、都合の良い情報のみが強調される傾向があります。
他者に分かりやすく伝えるために
誤った情報を信じている家族や友人に、その情報の真偽について説明する場合、感情的にならず、冷静に、具体的な根拠を示すことが重要です。
- 相手の主張を否定から入らない: まずは相手の話を聞き、なぜその情報を信頼しているのかを理解しようと努めてください。
- 具体的なチェックポイントを示す: 「この情報源は少し古い可能性があるよ」「ここで示されている『証拠』は、まだごく少数の人での話みたいだよ」など、先ほど述べたような具体的なチェックポイントを例に挙げて説明します。
- 信頼できる情報源を提示する: 公的機関や大学病院など、信頼性の高い情報源で同じテーマについて調べてみることを一緒に提案してみましょう。
- 断定的な言葉を避ける: あなた自身も「絶対に間違っている」と断定するのではなく、「科学的にはまだ十分に証明されていないようだ」「現時点での信頼できる情報では、〇〇と考えられているよ」のように、根拠に基づいた伝え方を心がけてください。
まとめ
インターネット上の健康情報は玉石混交です。一見もっともらしい情報の中にも、論理的な飛躍や不適切な証拠提示によって誤解を招くものが少なくありません。情報の表面的な内容だけでなく、その「根拠」が何か、提示されている論理に無理がないか、感情に訴えかける手法が使われていないかといった点に注目し、批判的な視点を持つことが、情報の真偽を見極める上で非常に重要です。
常に最新かつ正確な情報にアクセスし、その情報を論理的に判断する力を養うことが、自分自身や大切な人の健康を守ることに繋がります。このガイドが、日々の情報収集と判断の一助となれば幸いです。