健康情報の『分かりやすさ』、その表現に潜む落とし穴:過度な単純化や不適切な例え話を見抜く視点
はじめに:分かりやすさが求められる健康情報、その裏側にあるリスク
インターネットやメディアを通じて得られる健康情報は、専門的な内容を含むことも多く、私たちにとって「分かりやすさ」は非常に重要です。複雑なメカニズムや難しい研究結果が平易な言葉で解説されていると、理解が進み、日々の健康管理に役立てやすいと感じるでしょう。
しかし、この「分かりやすさ」を追求する過程で、情報が過度に単純化されたり、本質から逸れたりするリスクも存在します。不適切な例え話や省略された説明が、かえって誤解を生み、デマや誤った健康法を信じるきっかけとなることも少なくありません。
ここでは、健康情報の「分かりやすさ」に潜む落とし穴に焦点を当て、過度な単純化や不適切な表現を見抜き、情報の真偽を判断するための視点を提供します。
なぜ分かりやすさが誤解を生む可能性があるのか
健康や医療に関する情報は、人体の複雑さ、疾患の多様性、治療法のメカニズムなど、本来非常に専門的です。これを一般の方が理解できるよう解説するには、ある程度の単純化や抽象化、あるいは身近なものに例えるといった工夫が必要になります。
しかし、その過程で、以下のような問題が生じやすい傾向があります。
- 重要な情報の省略: 全てを説明すると複雑になるため、都合の悪い情報や前提条件、例外などが省略されることがあります。
- 過度な一般化: 特定の条件下で観察された効果や、一部の人にのみ当てはまる事実が、全ての人に当てはまるかのように表現されることがあります。
- 不適切な例え話: 身近なものに例えることでイメージは掴みやすくなりますが、その例えが科学的な事実を正確に反映していなかったり、誤ったイメージを定着させてしまったりすることがあります(例:「免疫細胞は体に侵入した敵と戦う兵隊のようなもの」という例えは分かりやすい一方、免疫システムの多様で複雑な機能全体を捉えているわけではありません)。
- 感情に訴えかける表現: 分かりやすさとは異なりますが、「これをしないと大変なことになる」「これさえすれば大丈夫」といった感情的な表現は、冷静な判断を妨げ、情報の正確性を見極める視点を曇らせます。
- 視覚情報の誤解: 分かりやすいグラフや図解が用いられることがありますが、軸の取り方やスケール、強調する部分によって、意図的に、あるいは意図せず、事実を歪めて伝える可能性があります。
これらの表現によって、情報の受け手は表面的には理解したつもりになっても、その背景にある科学的な事実や、その情報の限界、あるいは別の可能性を見落としてしまうリスクがあるのです。
過度な単純化や不適切な例え話を見抜くチェックポイント
健康情報の「分かりやすさ」に触れた際、それが信頼できる情報に基づいているか、あるいは誤解を招く表現ではないかを見抜くためには、以下の点に注意深く目を向けることが役立ちます。
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「〇〇だけで解決」「これをすれば完全に予防」など、断定的すぎる表現ではないか?
- 健康や疾患は多くの要因が複雑に絡み合っています。特定の食品や行動「だけ」で劇的な効果が得られたり、全ての懸念が解消されたりすることは稀です。単純化されすぎていると感じたら、他に考慮すべき要因がないか、情報の裏付けを確認しましょう。
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具体的なメカニズムの説明が極端に省略されていないか?
- 「〇〇に良い」という情報があったとして、なぜ良いのか、具体的に体内でどのような変化が起こるのか、その説明が曖昧だったり、「〜らしい」「〜と言われている」といった伝聞や、科学的根拠の乏しい独自の理論で終わっていたりしないか確認します。
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例え話が、科学的事実とどれだけ合致しているか? 別の側面は考慮されているか?
- 例え話はあくまで理解の助けですが、その例えに引きずられて、本来の科学的なメカニズムを誤解してしまう可能性があります。例えば、「老廃物が溜まる」という表現は分かりやすいですが、医学的に「老廃物」が何を指すのか、実際にどのように排出されるのかは複雑です。例え話はあくまで「例え」として捉え、その背景にある正確な情報にアクセスできるかを確認しましょう。
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その「分かりやすさ」が、特定の製品やサービスへの誘導に繋がっていないか?
- 過度に単純化されたり、不安を煽るような「分かりやすい」表現は、特定の健康食品、機器、サービスなどを購入・利用させるための手段として用いられることがあります。情報の背後に商業的な意図がないか、冷静に見極めることが重要です。
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情報源は信頼できるか? 複数の信頼できる情報源と比較して大きな乖離がないか?
- どれだけ分かりやすく説明されていても、その情報が信頼できる研究機関、公的機関、あるいは複数の専門家の合意に基づくものでなければ、その分かりやすさ自体が不正確さの隠れ蓑となっている可能性があります。まずは信頼できる情報源を探し、提供されている情報と比較してみましょう。
他者に分かりやすく情報を伝える際の注意点
信頼できる健康情報を他者、特に専門知識を持たない方や、すでに誤った情報を信じている方に伝える際にも、「分かりやすさ」は重要な要素となります。しかし、ここでも過度な単純化は避けるべきです。
- 情報の「核」を正確に伝える: 全てを詳細に説明する必要はありませんが、最も重要な事実や科学的な合意、その情報の限界や前提条件(誰に当てはまる情報か、どのような状況での話かなど)は省略せずに伝えましょう。
- 例え話は慎重に: 例え話を使う場合は、それが持つ限界を理解し、誤解を生む可能性がある点にも触れる配慮が必要です。「あくまで例えるなら、こういうイメージです。ただし、実際の体の中ではもっと複雑なプロセスが起きています」といった補足を加えることで、例え話に固執せず、より正確な理解を促すことができます。
- 疑問を歓迎する姿勢: 分かりやすく伝えようとするあまり、一方的な説明にならないよう注意しましょう。相手が抱く疑問や不安を引き出し、それに対して誠実に、科学的な視点から応えることで、より深い理解と信頼関係に繋がります。
- 感情論ではなく事実に基づく説明を: 誤った情報を否定する際も、「〜は間違っている」「〜はデマだ」と断定的に言うだけでなく、なぜそれが科学的根拠に乏しいのか、信頼できる情報源ではどのように説明されているのかを事実に基づいて伝えましょう。
まとめ:正確性と分かりやすさのバランスを見極める
健康情報における「分かりやすさ」は、私たちの理解を助け、健康的な行動を促す上で非常に重要な要素です。しかし、その「分かりやすさ」が、科学的な正確性を犠牲にした過度な単純化や、誤解を招く不適切な表現によって成り立っている場合、それは信頼できない情報である可能性が高いと言えます。
情報の受け手として、表面的な分かりやすさに惑わされることなく、その情報の背後にある科学的な根拠や、省略されている情報がないか、論理的な飛躍がないかといった批判的な視点を持つことが重要です。特に、極端な主張、簡単な解決策、特定の製品への誘導を伴う分かりやすい情報は、注意深く吟味する必要があります。
真に信頼できる健康情報とは、専門的な内容を正確に保ちつつ、受け手が理解できるよう工夫されたものです。私たちは、情報源の信頼性を確認することに加え、その「表現」自体にも目を向け、正確性と分かりやすさのバランスが取れているかを見極めるリテラシーを磨いていく必要があるでしょう。