健康情報における「研究」の信頼性を見抜く:科学論文のチェックポイント
インターネットやSNSで目にする健康情報の中には、「最新の研究で明らかになった」「科学的に証明された」といった言葉がよく使われます。これらの言葉は、情報に信頼性があるかのように感じさせますが、その裏付けとなる「研究」が本当に信頼できるものなのかを見極めることは非常に重要です。
全ての研究が等しく信頼できるわけではありません。研究の質や方法、発表のされ方によっては、誤解を招いたり、意図的に情報を歪めたりする可能性があります。ここでは、健康情報における「研究結果」の信頼性をどう判断するか、具体的なチェックポイントをご紹介します。
なぜ「研究結果」の信頼性確認が必要なのか?
「研究に基づいている」と聞くと、無条件に正しい情報だと思いがちです。しかし、以下のような理由から、その信頼性を確認する視点を持つことが不可欠です。
- 研究の質のばらつき: 研究には様々な種類があり、その計画(デザイン)や実施方法によって結果の信頼性が大きく異なります。参加者数が少なかったり、比較対象が適切でなかったりする研究結果は、一般化できない可能性があります。
- 発表の意図: 特定の製品やサービスを推奨する目的で、有利な研究結果だけが強調されたり、都合の悪い結果が伏せられたりすることがあります。
- 情報の加工・誇張: 研究論文として発表された正確な情報が、一般的なメディアやインターネットで紹介される際に、分かりやすさを優先するあまり内容が単純化されすぎたり、効果が誇張されたりすることがあります。
信頼できる「研究」を見抜く科学論文のチェックポイント
健康情報の根拠として示されているのが「科学論文」である場合、以下の点をチェックすることで、その信頼性をある程度判断できます。
1. 一次情報(原著論文)に当たれるか?
- 確認ポイント: 情報の発信元は、その「研究」が掲載されている原著論文(研究者が自ら行った研究の結果を詳細に報告した論文)へのリンクや出典(雑誌名、巻、号、ページなど)を示しているかを確認します。
- なぜ重要か: インターネット記事などで紹介されている内容は、原著論文の一部を切り取ったり、解釈を加えていたりすることがほとんどです。元となった論文を自分で確認することで、情報の正確性や文脈を把握できます。もし原著論文が特定できない、あるいはアクセスが非常に困難な場合は、その情報の信頼性は低いと判断できます。
2. 査読(Peer Review)を受けているか?
- 確認ポイント: その論文が掲載されている学術雑誌が査読付きであるかを確認します。PubMedのような医学・生物学論文データベースに登録されている雑誌の多くは査読付きです。
- なぜ重要か: 査読とは、研究者仲間(同じ分野の専門家)が論文の内容(研究計画、方法、結果、考察など)を厳正に評価し、問題がないか、公開に値するかを判断するプロセスです。査読を経た論文は、一定の科学的な妥当性が保証されていると考えられます。査読を受けていない、あるいは怪しい雑誌に掲載されている論文は、信頼性が低い可能性があります。
3. 研究デザインは適切か?
- 確認ポイント: どのような方法で研究が行われたか(研究デザイン)を確認します。特に、以下の点に注目します。
- 対象者数: 研究に参加した人数は十分か? 少なすぎる人数での結果は偶然による可能性が高いです。
- 対照群: 効果を検証する対象(介入群)と比較するための対照群(何も介入しない、あるいはプラセボなどと比較するグループ)が設定されているか? 対照群がない研究(前後比較だけなど)は、自然な変化や他の要因による影響と区別できません。
- 無作為化比較試験(RCT): 介入研究(特定の治療法や食品の効果を調べる研究)においては、無作為化比較試験(Randomized Controlled Trial: RCT)が最も信頼性の高い研究デザインとされています。参加者が無作為に介入群と対照群に割り付けられているかを確認します。
- 二重盲検法: 参加者だけでなく、研究の実施者や評価者も、誰がどちらのグループに割り付けられたかを知らないで行われる研究(二重盲検法)は、さらに信頼性が高まります。
- なぜ重要か: 研究デザインは、結果の確実性や偏りの少なさに直結します。質の高いデザインの研究結果ほど、信頼性が高いと言えます。
4. 利益相反(Conflict of Interest: COI)は表明されているか?
- 確認ポイント: 論文の末尾などに、研究者や研究機関、論文が資金提供を受けた企業などとの間に、研究結果に影響を与えうる経済的または個人的な関係(利益相反)があるかどうかが表明されているかを確認します。
- なぜ重要か: 研究者が、特定の企業や製品に関係する利益相反を抱えている場合、その研究結果がその企業や製品に有利になるように、意図的でなくとも偏る可能性があります。利益相反があること自体が直ちに研究結果を否定するわけではありませんが、その可能性を認識し、より慎重に結果を評価する必要があります。信頼できる学術雑誌では、利益相反の開示が義務付けられています。
5. 他の信頼できる情報源との整合性は?
- 確認ポイント: その研究結果で示されている内容が、他の複数の信頼できる研究や、専門機関のガイドラインなどと一致しているか、あるいは大きく矛盾していないかを確認します。
- なぜ重要か: 特定の一つの研究結果だけで、それまで確立されていた常識や治療法が覆されることは稀です。複数の研究で同様の結果が得られている、あるいは多くの専門家のコンセンサスが得られている情報は、信頼性が高いと言えます。単一の研究結果だけを根拠に断定的な主張をしている場合は注意が必要です。
信頼できる情報源の活用
健康情報における研究の信頼性を判断する上で、信頼できる情報源を知っておくことも役立ちます。
- PubMed (pubmed.ncbi.nlm.nih.gov): 世界中の医学・生物学分野の論文を検索できるデータベースです。ここに登録されている論文は、原則として査読付き学術雑誌に掲載されたものです。専門用語が多いですが、要約(Abstract)を読むだけでも内容の概要を掴める場合があります。
- 公的機関や専門学会のウェブサイト: 厚生労働省、国立がん研究センター、国立循環器病研究センターなどの公的機関や、各専門分野の学会が提供する情報は、専門家によって監修されており、信頼性が高い傾向にあります。これらのサイトで、特定のテーマに関する公式の見解やガイドラインを確認できます。
誤った「研究に基づいた」情報を他者に説明する際のポイント
医療従事者の方が患者さんやご家族に、インターネット上の情報について説明する際には、一方的に否定するのではなく、相手の立場に配慮しつつ、冷静かつ論理的に説明することが重要です。
- 共感と傾聴: まずは「〇〇についてご心配なのですね」「△△という情報をご覧になったのですね」など、相手の状況や気持ちを受け止め、話をよく聞きます。
- 情報の確認: どのような情報を見たのか、可能であれば具体的に教えてもらいます。(例:「〇〇というサイトに、〜と書いてありました」)
- 判断の視点を提供: その情報がなぜ信頼性に欠ける可能性があるのかを、専門用語を避け、分かりやすい言葉で具体的に説明します。「その情報が基づいているという研究は、人数がとても少ない研究のようですね」「信頼できる専門家による確認がされていない可能性もありますね」といったように、今回ご紹介したようなチェックポイントを応用して説明します。
- 信頼できる代替情報を提供: 公的機関や専門学会など、信頼できる情報源を紹介し、「こちらのサイトの情報は、多くの専門家が確認していますから、より参考になると思いますよ」などと伝えます。
- 断定を避ける: 「あの情報は絶対に間違っている」といった断定的な言い方は避け、「現時点では科学的な根拠が十分ではないと考えられています」「さらなる検証が必要です」といった、科学的な姿勢に基づいた説明を心がけます。
結論
健康情報に触れる際に「研究によると」「科学的に証明された」といった言葉を見たとき、それが信頼できる根拠に基づいているかを冷静に見極める視点を持つことが、情報リテラシーを高める上で不可欠です。特に「科学論文」を根拠とする情報については、原著論文の確認、査読の有無、研究デザイン、利益相反、他の情報源との整合性といった点をチェックすることで、その信頼性を判断する一助となります。
全ての人が専門家レベルで論文を読み解く必要はありませんが、どのような点に注意すれば信頼性の高い情報にたどり着けるのかを知っておくことは、ご自身の健康を守り、また大切な方に正確な情報を伝える上できっと役に立つはずです。信頼できる情報源を積極的に活用し、常に複数の視点から情報を確認することを習慣づけましょう。