健康情報における「科学的根拠」の誤解釈・誇張を見抜く:実践的なチェックポイント
インターネットやメディアには様々な健康情報があふれています。その多くは「科学的根拠に基づいている」と謳われていますが、提示される根拠が正しく解釈・伝達されているとは限りません。情報が誤って理解されていたり、意図的に誇張されていたりするケースも少なくありません。
情報の受け手として、提示された「科学的根拠」を鵜呑みにせず、その真偽を冷静に見抜く視点を持つことが重要です。ここでは、健康情報における科学的根拠の誤解釈や誇張を見抜くための典型的なパターンと、実践的なチェックポイントについて解説します。
科学的根拠が誤解釈・誇張される典型的なパターン
健康情報で「科学的根拠」とされる情報が、実際にはその根拠を正確に反映していない場合、いくつかの典型的なパターンが見られます。
- 研究結果の一部だけを切り取る: 論文全体の結論ではなく、都合の良い特定の結果やデータだけを強調して提示する手法です。本来の研究の目的や限界が無視され、誤った印象を与えます。
- 予備的な研究結果を確定的な事実のように扱う: 動物実験や細胞レベル、小規模な予備研究の結果を、人間に対する効果が確定したものであるかのように表現します。まだ検証が必要な段階の結果を過度に強調するパターンです。
- 相関関係を因果関係と混同する: 「〇〇をよく食べる人は健康な人が多い」という相関関係を、「〇〇を食べると健康になる(〇〇が健康の原因である)」という因果関係であるかのように断定します。実際には別の要因が影響している可能性があります。
- 統計データを都合よく解釈する: サンプル数、対象者の属性、比較対象(対照群)の有無、統計的な有意差などを無視し、データのごく一部や平均値だけを見て結論を導き出します。グラフの軸を操作して効果を誇張するなどもこれにあたります。
- 専門家の個人的意見や推測を科学的合意のように扱う: 特定の専門家個人の見解や推測を、学界全体の共通認識や確立された事実のように提示します。その分野の多くの専門家が同意していない意見である可能性を隠します。
- 特定の論文や研究「一つだけ」を根拠に断定する: あるテーマについて、多数の研究があるにも関わらず、特定の論文(特に肯定的結果が出たもの)一つだけを絶対的な根拠として提示します。他の研究結果(特に否定的または異なる結果)や、その研究自体の質(エビデンスレベル)を考慮していません。
- 肯定的な研究結果のみを強調し、否定的な結果や副作用に触れない: 研究によっては効果が見られなかった場合や、副作用が確認された場合でも、そういった不都合な情報には一切触れず、メリットのみを強調します。
- 権威の名前を利用するが、その専門家の本来の発言意図や文脈を無視する: 有名な医師や研究者の名前を挙げて情報の信頼性を高めようとしますが、その専門家が実際にどのように発言したか、どのような文脈で述べたかを無視または歪曲して伝えます。
誤解釈・誇張を見抜くための実践的なチェックポイント
これらのパターンを見抜くためには、以下の点を意識して情報を確認することが有効です。
- 情報源の信頼性を確認する: その情報は誰が発信していますか? 公的機関(厚生労働省、国立の研究所など)、信頼できる研究機関、専門学会、大学病院などの情報でしょうか。個人のブログ、商業サイト、匿名掲示板などは、そのまま鵜呑みにするのではなく、他の信頼できる情報源と照らし合わせる必要があります。
- 「科学的根拠」とされる具体的な情報を確認する: 「研究で明らかになった」「専門家が認めた」といった曖昧な表現ではなく、具体的な研究名、論文の出典(雑誌名、巻号、ページ、発表年など)、調査を行った機関の名前などが示されていますか? 情報が提示されている場合、それが本当に存在するか、元の情報を確認できるか試みることも重要です。
- 元の研究の概要を確認する(可能な場合): もし元の論文や報告にアクセスできるのであれば、その研究の対象(人間か動物か、対象人数、性別、年齢層など)、研究方法、期間、そして結論が、提示されている情報と合致しているか確認します。特に、予備的な研究か、大規模な臨床試験かなど、エビデンスレベルがどの程度かも判断材料になります。
- 全体の文脈や他の情報を参照する: 提示された「科学的根拠」は、その分野の他の研究結果や専門家の一般的な見解と比べてどうでしょうか? 一つの研究結果だけで全てが決まるわけではありません。複数の信頼できる情報源を参照し、情報全体のバランスを確認することが大切です。
- 極端な表現に注意する: 「〜は絶対」「〜だけで完治」「劇的に効果がある」「簡単に痩せる」など、断定的、誇大的、非現実的な効果を謳う表現には注意が必要です。科学的な知見は通常、効果や結果について慎重な言葉で述べられます。
- メリットだけでなく、デメリットやリスク、費用にも目を向ける: 効果やメリットばかりが強調され、考えられる副作用、リスク、治療にかかる費用、実践の負担などについて言及されていない場合、情報が偏っている可能性があります。
誤った情報を他者に説明する際のポイント
家族や知人、あるいは医療現場で患者さんから、誤解釈や誇張された「科学的根拠」に基づく健康情報について質問されたり、それを信じている様子の際に、どのように対応すれば良いでしょうか。
- まずは相手の話を傾聴する: 相手がどのような情報を見て、なぜそれを信じるに至ったのか、まずは批判せずに耳を傾ける姿勢が大切です。
- 感情的にならず、落ち着いて対応する: 相手が感情的になっていたり、強く信じ込んでいる場合でも、こちらも感情的にならず、冷静で穏やかな態度を保つことが信頼を得る上で重要です。
- 信頼できる情報源を示す: 「ネットで〇〇と見ましたが、厚生労働省の公式サイトでは〜と説明されていますよ」「以前、〇〇大学の先生が発表された研究では〜という結果が出ています」のように、具体的な信頼できる情報源を挙げながら話します。
- 情報の不確実性や限界を伝える: 「この研究はまだ動物実験の段階のようです」「一部の小さな研究ではそのような結果が出ていますが、より大きな規模の研究ではまだはっきりしていません」のように、情報の段階や限界があることを分かりやすく伝えます。
- 専門用語を避ける: 難しい医学用語や統計用語は避け、相手に伝わる平易な言葉で説明します。
- 「〇〇は完全に間違いです」と断定するよりも、「〇〇については、まだ科学的に確立された知見とは言えないようです」のように、やわらかく、しかし根拠に基づいて伝えることを心がける: 特に感情的になっている相手には、否定的な表現は反発を招きやすいため、丁寧な表現を選びます。
まとめ
健康情報に接する際、「科学的根拠」という言葉は信頼性を高める強力なツールとして用いられます。しかし、その裏で根拠が誤って解釈されたり、都合よく誇張されたりしているケースが少なくありません。
情報の受け手として、提示された「科学的根拠」の出典を遡って確認すること、情報の全体像や文脈を理解すること、そして複数の信頼できる情報源と照らし合わせることが、情報の真偽を見抜く上で非常に重要です。
これらの実践的なチェックポイントを活用し、冷静に情報を判断する力を養うことが、デマや誤情報に惑わされず、ご自身や周囲の方々の健康を守るための一歩となります。