健康情報で見かける「科学的根拠がある」という言葉、その信頼性をどう見極めるか
インターネット上やメディアで発信される健康情報の中には、「科学的根拠があります」という言葉が頻繁に登場します。この言葉は、その情報が信頼できるものであるかのような印象を与え、多くの人が判断材料とする重要なキーワードです。しかし、この言葉が使われているからといって、その情報全てが無条件に信頼できるわけではありません。
この記事では、「科学的根拠がある」と主張される健康情報の真偽を、冷静かつ論理的に見極めるための具体的なチェックポイントをご紹介します。
「科学的根拠がある」という言葉が使われる背景
なぜ多くの健康情報が「科学的根拠がある」と主張するのでしょうか。それは、科学が客観的で信頼性の高い知識体系であるという一般的な認識があるためです。特に医療や健康に関わる情報において、科学的な裏付けは非常に重要視されます。情報発信者は、自身の情報の正当性や優位性を示すために、この言葉を用いる傾向にあります。
しかし、この言葉の定義は曖昧な場合が多く、都合の良いように解釈されたり、限定的な研究結果が誇張されたりするケースも少なくありません。単に「科学的根拠がある」と主張されているだけで、その具体的な内容や質が伴っていない情報に注意が必要です。
「科学的根拠がある」健康情報の真偽を見極めるチェックポイント
健康情報に触れた際に、「科学的根拠がある」という言葉を見たら、立ち止まって以下の点をチェックしてみてください。
チェックポイント1:具体的な「根拠」が示されているか?
最も重要なのは、「科学的根拠」として具体的に何が示されているかを確認することです。単に「研究で明らかになった」「専門家も認めている」といった曖昧な表現ではなく、以下のような具体的な情報が記載されているかを確認します。
- 研究論文の出典: どの研究機関の、いつ発表された、どのような論文なのか(論文名、ジャーナル名、著者名、発表年など)。
- 研究の内容: どのような目的で、誰(どのような対象者)を対象に、どのような方法で行われた研究なのか。
- 研究結果: 具体的にどのような結果が得られたのか、その数値データや傾向など。
- 専門家の所属や資格: どのような専門分野の、どの機関に所属する専門家なのか。
具体的な情報が一切示されず、「科学的に証明されている」とだけ書かれている場合は、その主張の根拠が不明確であり、信頼性は低いと考えられます。
チェックポイント2:根拠となる情報源は信頼できるか?
示されている根拠が具体的な場合でも、その情報源自体の信頼性を評価する必要があります。
- 情報源の種類: 根拠として挙げられているのが、査読付きの学術論文か、学会発表か、書籍か、企業のプレスリリースか、個人のブログかなど。信頼性が高いのは、厳密な審査を経た査読付き論文や、公的機関・研究機関が発表する情報です。
- 研究資金の出所: 特定の製品やサービスを提供する企業から資金提供を受けている研究は、結果が資金提供者に有利になるように偏っている可能性も考慮する必要があります。
- 情報の公開性: その論文やデータは誰でもアクセスして内容を確認できるものか。
企業や販売促進を目的としたサイトの情報だけでなく、公的な研究機関、大学、国際機関、あるいは信頼性の高い専門家団体などが発信する情報と比較検討することが重要です。
チェックポイント3:研究デザインは適切か?
科学的な研究には様々な種類があり、その信頼性や証拠としての強さは異なります。健康情報において「科学的根拠」として提示される研究が、以下の点に照らして適切であるかを確認します。
- 対象: ヒトを対象とした臨床研究か、動物実験か、あるいは試験管内(in vitro)の実験か。ヒトでの効果を示すには、ヒトを対象とした研究が必要です。
- 規模: 大規模な臨床試験か、少数の被験者による予備的な研究か。一般的に、対象者が多く、統計的な処理が適切に行われている研究の方が信頼性が高いとされます。
- 研究の種類: ランダム化比較試験(RCT)やメタアナリシス(複数の研究を統計的に統合・分析したもの)は、信頼性の高い研究デザインとされています。観察研究や症例報告などは、関連性を示すことはできても、因果関係を強く主張する根拠としては限定的です。
- 対照群の存在: 効果を検証したい対象と、それを行わない対照群(プラセボ群など)を比較しているか。比較対象がない研究では、自然経過や他の要因による変化と区別がつきにくい場合があります。
特定の条件下での、小規模な予備的研究や動物実験の結果だけをもって、ヒトにおける明確な効果や安全性が「科学的に証明された」と主張することは、多くの場合、情報の発信者による拡大解釈や誤解を招く表現です。
チェックポイント4:結果は統計的に有意か?
研究結果が単なる偶然ではないことを示すために、統計的な分析が行われます。結果が「統計的に有意である」とは、偶然では起こりにくい確率で観測された差や関連性があることを示します。ただし、統計的な有意性が必ずしも臨床的な意義(実際の健康状態への影響)を示すわけではない点にも注意が必要です。都合の良い一部のデータだけを取り上げて全体像を歪めていないか、統計的な専門用語が正確に使われているかなども確認が必要です。
チェックポイント5:情報の文脈と限界は示されているか?
研究結果には、対象となった集団、期間、投与量、特定の条件などの限界があります。健康情報が、その研究が示している効果がどのような文脈で、どのような条件で得られた結果なのかを正確に伝えているかを確認します。
- 研究結果が示しているのは、特定の病気を持つ人における効果か、健康な人における効果か。
- 特定の年齢層や性別に限定された結果ではないか。
- リスクや副作用、あるいは効果がない可能性についても公平に触れられているか。
ポジティブな結果だけを強調し、ネガティブな側面や研究の限界について一切触れていない情報は、偏っている可能性が高いと言えます。
チェックポイント6:他の情報源と照らし合わせる
一つの情報源だけで判断せず、同じテーマについて複数の信頼できる情報源(公的機関のウェブサイト、専門学会の見解、複数の学術論文など)を参照し、内容を照らし合わせることが重要です。多くの信頼できる情報源で一貫して支持されている内容は、信頼性が高いと考えられます。逆に、特定の情報源やごく一部のグループだけが主張している内容は、慎重に判断する必要があります。
誤った情報を他者に説明する際のポイント
もし「科学的根拠がある」と主張されている健康情報が、上記のチェックポイントから見て信頼性に乏しいと判断した場合、それを他者(例えば患者さんや家族)に伝える際にどのような点に注意すれば良いでしょうか。
- 感情的にならない: 相手の信念を否定するような感情的な言い方ではなく、落ち着いて事実に基づいた説明を心がけます。
- 根拠の確認方法を示す: 「〇〇という情報源では△△と書かれていましたが、この情報源は公式サイトではないようです。厚生労働省のサイトでは□□と説明されていますよ」のように、情報源の信頼性や、より信頼できる情報源へのアクセス方法を具体的に示します。
- 「〜かもしれない」という可能性に言及する: 「科学的根拠がある」という言葉の曖昧さや、その主張の根拠が限定的である可能性について説明します。「その研究は試験管の中での結果なので、人間の体内で同じ効果があるかはまだ分かっていません」「この研究は対象者が少ないので、より確かなことは今後の研究で明らかになるかもしれません」のように、科学的な知見の現時点での限界について触れることも有効です。
- 最終的な判断を相手に委ねる: 情報提供はあくまで相手の判断を助けるためであり、強制するものではありません。信頼できる情報と、そうでない情報の見分け方を示し、最終的には相手自身が判断できるようサポートする姿勢が大切です。
まとめ
健康情報における「科学的根拠がある」という言葉は、情報の信頼性を判断する上で重要な手がかりとなり得ますが、その言葉だけで全てを鵜呑みにせず、その裏付けとなる具体的な情報、情報源の信頼性、研究のデザインや限界などを自ら確認することが極めて重要です。
この記事で紹介したチェックポイントを活用し、情報の真偽を冷静に見極める力を養うことは、自分自身の健康を守るだけでなく、誤った情報に惑わされがちな周囲の人々をサポートするためにも役立ちます。常に批判的な視点を持ち、信頼性の高い情報に基づいて、賢明な判断を下せるよう努めましょう。